キチママまとめちゃんねる

当ブログは2ちゃんねるの生活板を中心に鬼女、気団、浮気・不倫、復讐、修羅場など、生活に関するトラブルをまとめているブログです。

    修羅場

    370 :キチママまとめちゃんねる 2014/01/07(火) 18:20:32 0
    うちの実家は結構広い土地をもっている
    半年ほど前に雑木林の辺りにダンボールやゴミが大量にあった
    誰かが勝手に捨てたのだろうと思い休みの日に片付けようと
    掃除をしていると小学生の集団に出くわした
    話を聞くとここに秘密基地を作るためにダンボールやゴミ
    を持ち込んだと白状した

    俺も俺の兄貴も実はこのあたりで秘密基地を作ったことがあった
    最近の子供も秘密基地なんて作るんだなと妙に感慨深く関心
    してしまい
    「丈夫な秘密基地を作れよ」
    といってそのまま帰っていった
    一応親父達に小学生が秘密基地を作ってるからとだけ
    報告しておいたがその日の夕方に親子連れが
    うちに押しかけてきた
    子供達が雑木林で遊んでいて怪我をしたらどうするつもり
    だ!今すぐ子供達が遊べないように柵を付けろといってきた

    俺自身、雑木林で遊んでいて怪我ぐらいしたことあったので
    「まぁ遊んでいれば擦り傷ぐらいしますよ」
    といったら相手がヒートアップして手がつけられなくなった
    結局、親父が強引に相手を帰らせたが
    今の親は擦り傷ぐらいでも許せないものなのかと言う価値観
    の違いが修羅場だった

    304 :キチママまとめちゃんねる 2013/10/13(日) 23:22:53 ID:qVvELwFh
    もう十年以上前のことで、家族(特に姉)からの伝聞あり
    人を病院送りにしているから、批判や気を悪くする人がいたら申し訳ない

    子供の時、うちは父方の祖父母と祖父母宅で同居していたが、俺には重度の某果物アレルギーがあった
    幼稚園の頃に俺のアレルギーが判明して、最初に食べた時には入院したので、祖父母も家には持ち込まないよう徹底してくれたし、
    俺も「外で勧められても絶対に食べないように」と念を押されていたので平和だった

    小学校低学年の時、近くに住んでいた叔母が離婚して実家(祖父母宅)に戻ってきた
    叔母は、離婚前から浪費・窃盗などを重ねている人で、俺の母に子供押し付けている間に不イ侖という役満な人なので、
    慰謝料・親権もなしで叩き出され、両親(特に母)も「子供と一緒にいさせたくない相手」とは思っていたが、「あんなのでも家族」という祖父母の頼みで同居

    同居の注意事項として事前に話し合ったときも、色々とアホな権利主張したようだが、
    俺のアレルギーの話を聞いた叔母は、「好き嫌い、甘えだ」「今のうちに偏食を治さないと」「沢山食べることで免疫がつく」と子育ての持論を語った
    昔入院した時の写真とかを両親が出しても「普段から慣らしておかないからだ」と譲らない叔母
    最終的に、俺母が「自分の子供放置して、不イ侖したアンタが何語ってんだ?自分の子供の好物も知らないくせに」と静かにキレて、叔母が黙った

    そんな感じで叔母を含めて、祖父母・両親・姉・俺・叔母での生活が始まったが、叔母は完全ニート状態で、働きもしないし家事もしない
    近所でも迷惑(他所の旦那さんに色仕掛け、公共の物を盗難 など)を重ね、祖父母に説教されて反省ポーズはするも繰り返す
    母と姉(当時高校生)は、叔母を警戒して、俺に近づけないようにしていた
    叔母からすれば祖父母と親父の機嫌を損ねるのはまずい。
    俺の母は言われれば言い返すし、当時高校生の姉は叩かれれば毆り返すようなタイプだったので、
    当時小学生な俺がターゲットになると思ったんだね

    この辺までが前提というか前置き

    762 :キチママまとめちゃんねる 2009/12/08(火) 19:59:17 ID:uru6qIw4
    トン切投下します。
    夫が某ゴルフブランドで、
    (我が家に取っては)ちとお高め価格の
    「長袖」「半袖」「半袖リバーシブル」と3通り着られるブルゾンを購入。
    一度着た後、次の日に風を通す為にバルコニーに陰干ししておいた。
    ほんのちょっと外出し、取り込もうとすると…ない!!
    当日は風もないし、外から見えないような位置に干していたので
    飛んで行くとは考えにくい。
    どうしようと思いつつ夫に報告、一緒に近所をまわるがやっぱり見つからず。
    原因もわからないし、悔しくて悲しくてやりきれない気持ちのまま
    1か月程経過したある日、夫がゴルフ場へ行くと
    自分がなくしたものと同じブルゾンが
    ラウンジだかホールだかに(ここの所はあいまい)に置いてあった。
    なんとなく見てみると、
    オーダーで入れてもらったネーム刺繍が見えた。
    以前、袖を離して使えるカッパの袖の部分だけをなくした事があり、
    このブルゾンは袖の部分だけはリバーシブルにならないので、
    購入直後にお直しセンターで裏面と同じ色の糸で
    目立たないようにフルネームで刺繍してもらっていて、
    前回のゴルフの時に一緒にまわった人達にも見せてた。
    お店の人から
    「残念ながら長袖はリバーシブルではないんですよ~」と説明されたのに
    なんでこの人、裏返して使ってるんだろ~?やっぱり裏返すと変だよな~?
    ローマ字だけど、どう見ても自分の名前にしか見えないよな~?
    とにかく目を離したらいかんな~
    とか思いつつ、一緒に来た上司に相談していると、
    自分と同年代のサラリーマン風の男忄生が登場。
    そこで典型的なオヤジタイプ、普段からKYな上司がストレートに
    「この服、お宅さんの?」と話しかけた。
    男忄生はちょっとびっくりした様子だったんだけど
    普通に「ええそうですが?」と返答。
    (つづく)

    362 :キチママまとめちゃんねる 2017/04/11(火) 02:05:19 0.net
    心の整理のために書く。もう15年位前の修羅場。

    俺:当時32歳、某資格取立て
    父:某資格による個人事務所経営
    社長:父の取引先
    社長娘:当時31歳、病院勤務。検査技師。

    俺は当時、親父の事務所で働きながら勉強をして念願かなって資格をとったばかりで浮かれていた。
    そのせいもあり、好事魔多しで家庭内は今までのバランスが崩れ、ギクシャクしてしまった。
    具体的には、資格が取れない兄がイラつき、俺とけんかになり、親父が兄の肩を持ったために家庭内は決定的に不和になった。
    そんなある日、親父は俺を呼び出すと、いきなりこう告げた。

    父「社長と○○日の土曜日に飲みにいくんだが、お前を後継者として紹介をする。その日空けておけ。」
    俺「無理です。その日は用事があります。」
    父「キャンセルしろ。」
    俺「無理です。どうしてもと言うなら日にちを変えてください。」

    親父は黙っていたので、俺はそのまま退出した。第一、その社長は兄の担当だ。勝手に会うことはご法度だ。
    次の日、親父は日曜日に変えた旨を伝えてきた。それで兄に話してあるか確認したが明確な返事がなかった。
    仕方ないので、兄にその旨伝えてから会うことにした。気は進まなかったが、これが修羅場の始まりだった。

    当日。約束の場所に10分前に行くと、親父とお袋、社長と奥さん、そして若い女忄生がいた。
    俺は、社長夫妻に挨拶すると、席につき、会食が始まった。

    社長「では、本日、お見合いを始めたいと・・・」
    正確な言葉は覚えていない。聞いていなかったかもしれない。覚えているのは俺と社長の娘がほぼ同時にカエルが踏みつけられたような声を出したことだ。
    呆然とする俺と娘。勝手に盛り上がる親たち。その日は値段だけは高そうな、味のしない食事をして帰った。

    1 :キチママまとめちゃんねる 2017/01/30(月) 06:13:43 ID:nMk2FZ5s0.net
    おんな「でも化粧とったら女の同僚とかから馬鹿にされて仕事もし辛くなるんだよ」

    俺「そんなの気にするなよ。そうなったら俺と一緒になればいい」

    おんな「>>1くん・・・(涙声)」

    後日、化粧まじで取って出勤してきて
    なんか女の同僚とかから小馬鹿にされたっぽいけど、終始笑顔でニコニコしつつ
    上司に「結婚するかも知れないので近いうちに退職します。>>1くんにプロポーズされました」と宣言

    どうひよう
    俺適当にかっこいい事言いたくて言っただけで
    結婚なんてするつもりないしそもそもまだ付き合ってもないのに
    どうひよう

    791 :キチママまとめちゃんねる 2015/01/22(木) 10:44:25 ID:0p0
    文章が苦手なので作文みたいになってしまいました。すみません。
    ところどころフェイクいれてます。

    僕はいわゆる私生児として生まれました。
    母は父に家族がいて単身赴任者であることを知らずに付き合い
    僕を宿したあと結婚できない相手だと知った時にはもう堕ろせなかったそうです。
    当時それなりの修羅場があり、裁判もして認知と養育費を勝ち取ったのは僕が2歳になる頃だったそうです。
    父は生まれた僕に会いに来た事は一度もなかったそうです。
    幸い祖父母が元気に働いており、伯母たちの協力もあって父がいないこと以外には大した苦労もなく成長しました。
    父からの養育費は小学校に上がる前に途絶えたそうですが、母はその頃にはもうしっかりした収入の糧があったので
    特に請求はしなかったとか。

    父は浮氣発覚の後、奥さんの地元に引っ越して奥さんの実家家業を手伝うことになったようですが、
    養育費が途絶える少し前から家業が傾いて遣り繰りに困っていたようです。
    その父が、僕が成人した年に急タヒしました。
    どういうルートだったのか知りませんが、母がそのことを知り、僕を葬儀に出席させるかどうかで祖父母たちと悩んだそうです。
    母や祖父母たちにとっては憎い相手でしかないけれど僕にとっては実の父親であり、
    その父と会える最初で最後の機会を本人の気持ちを無視して回りが勝手に奪っていいのかと悩んだらしく
    結局祖父から「もう子供じゃないんだから自分で決めなさい」と言われ、一晩考えたあげく出席することにしました。
    会いたかったわけではないのですが、とにかく一度も顔を見たことがなかったので
    会わずに後悔するより会って後悔するほうがいいかなと思ったので。

    当日は祖父と一緒に行きました。
    祖父が喪主である父の奥さんと短くですが何か話してて
    チラッと僕の方を見た奥さんは黙って会釈をしたので僕も会釈で返しました。
    僕はあくまで参列者のひとりとしてお焼香をし、父のタヒに顔を見ることはありませんでした。
    (葬儀の時にはもう火葬が始まっていました。よく分かりませんがそういう地方だそうです)
    祭壇の父の写真だけ見ましたが、何の感情も湧きませんでした。
    ああ、こういう顔なんだって感じ。
    祖父から「奥さんと話をして、向うの子供にはおまえが今日来てることは話していないので
    知らぬ顔をしておいてほしいと言われたのでそのように」と言われました。
    そう言われて初めて、そういえばここの半分血のつながった姉がいるんだなと思って
    こそっと祖父に確認したら、座って泣いている2人の女忄生が僕の姉だと聞かされました。
    30歳と27歳だということは後に知りましたが、20年ぶりに会った腹違いの姉が超美人なんてのは
    ドラマの設定でしかないんだなーとぼんやり思いました。もちろん姉弟の情なんてものは全く湧きません。
    帰り道で祖父から「何か思うことあったか」と聞かれましたが
    「何もかも他人事にしか思えなかった」と答えると笑っていました。
    でもこれで僕の中での父に対する気持ちにハッキリ終止符が打てた感じがしました。
    そう言った所、祖父は「これで終わればいいがな」と言ったのがその時は意味がわかりませんでした。

    159 :キチママまとめちゃんねる 2014/05/20(火) 00:18:37 ID:tJ8UIP81x
    吐きだし。長いです。

    小学生のころ、3~4年生の間はほぼ毎日修羅場だった。
    担任は40歳くらいだったろうか。ヒステリーBBA。依怙贔屓もひどい。以下BBAと記す。
    BBAのお気に入りはとことん優遇され、気に食わない奴はみんなの前で最下層の生物扱い。

    ヒステリックに騒いだり、怒りポイントがわからないのでビクビク暮らしていた。
    子供にとっては恐怖でしかなく、文字通りの恐慌政治が行われていたんだ。
    そのなかでも覚えているのが、黒板の得点表。

    ・黒板の半分に線を引き、班ごとの得点表を毎日書いていた。表を作って貼るんじゃなくて、黒板の半分に毎日書く。
    誰それが発言した、+10点。A山(気に入らない)はヘラヘラしてる、-15点。B川は調子悪そうだけど(根拠なし)よく学校きた、+5点。
    ちなみに得点の基準は、BBAの気分。

    ・残りの半分で授業での板書。書くスペースが狭いから、すぐに前のが消されてしまう。追い付けない子は最初はゆっくり書いてくれと懇願。
    しかし「気に入らない」との理由でマイナス点をつけられ、重なれば「グズ」と認定され下層組へ。

    ・4年に進級したころ、BBAは腱鞘炎になった。ただでさえ雑な板書がもっと雑に。
    しかし得点表はまめにつける。下層組がなにかやらかしてマイナス点をつけるとき「こんなに手が痛いのに書かせやがって!」と喚く。

    ・毎日の気分でつけられる得点が積み重なると、小さい表彰状がもらえる。それを10枚集めると大きい賞状。
    さらに集めるともっと大きい賞状。しかし下層組は最初の賞状をもらう段階でケチをつけられるので、全然集まらない。
    お気に入りの子に大きい賞状を授与すると同時に、下層組の人間忄生を否定する演説が行われる。

    ・4年になると、それまで半分だった得点表は3分の2近くにまでなる。ますます板書(略

    507 :キチママまとめちゃんねる 2016/09/14(水) 11:17:34 ID:ua2FfGdJ.net
    今まであった最大の修羅場というか現在進行形。
    今週末の18日に25年ぶりの同窓会があるのですが
    まったく名前を覚えてない同じクラスに一度もなったことの無い奴から
    絶対杀殳すから逃げるなよって連絡を受けた。
    みんな来ない方が良いって言われてるのに行こうとしている。

    もれ40歳。25年前なので中学の同窓会
    春先、引っ越して自宅にネット回線がつながりmixiなるものを始める。
    中学のトピックで同窓会やっていて羨ましいと書き込む。

    するとちょうど同窓会を再びやるとのことで日程が決まりウキウキしていたら
    絶対杀殳すから逃げるなよって連絡を受ける。
    mixi怖いな。冗談だと思って疎遠になっていた同級生に相談する。
    みんな来ない方が良いって返される。

    面白そうだから行ってみる事にした。

    人生で杀殳すとか初めて言われた。修羅場っじゃねとかわくわくしてます。
    新聞にのったら、杀殳されてやがるwwww と笑ってやってください。

    146 :キチママまとめちゃんねる 2016/10/06(木) 18:21:30 ID:6qw0BbPx.net
    双子の妹と就職の報告を親父にした時、実は俺達が亡くなった母の不貞で
    生まれた子供だと教えられたのが修羅場

    親父は母がガンで亡くなる直前にその事実を聞きだした。
    「成人して働くまでは養ってあげて欲しい」
    という遺言を守っただけと説明してくれた。

    俺、妹大泣き状態
    でその後
    「実は今付き合っている彼女と今度結婚するから二度と
    会わないでもらいたい」
    といわれた。

    親父曰く今度こそ本当の家族を手に入れたいんだと
    母の両親はもういないし実父も慰謝料払った後母の
    後を追ってしまったそうだ。

    その後急遽妹と住むところを探してなんとかなったけど
    しばらく妹が情緒不安になったりと大変だった。

    今は30後半だけど俺も妹も結婚する気は全くない
    特に親父を恨んでいるわけでもないが血のつながらない
    自分を裏切った女忄生の子供を育てるのはどんな気持ちだった
    のかと考えるとなんとなく自分が家庭を持ってはいけない
    ような気分になる。

    163 :キチママまとめちゃんねる 2012/11/22(木) 14:45:08 0
    私の、というか両親の修羅場。

    当時、小学一年生だった私はスーパーファミコンが欲しくて欲しくてたまらなかった。
    持っている友人の家に遊びに行ってマ○オを羨ましく眺めていた。

    いくらせがんでも買ってもらえなかったので、お手伝いでもらえる10円を貯めたり
    テストで必ず100点をとったりと自分にとっては血の滲むような努力をしていた。

    そんな努力の日々、クリスマスの時期がきた。
    サンタを信じていた私は、もちろんスーパーファミコンをもらえるように願っていた。
    サンタさんへの手紙も、親に推敲してもらいながら書いて、親に預けていた。

    12月24日、夜に親と外食した後ハ○ーマックに連れて行かれた。
    「何か買ってくれるの?」と聞いた私に、父は
    「スーパーファミコンを買うんだよ」と言った。
    驚いて、嬉しくて、何も言えないでいた私に、父は
    「知り合いの子にはお父さん、お母さんがいないから、その子にクリスマスプレゼントとして送るんだ」
    それを聞いて私は泣いた。
    嫌いな勉強もがんばって、お手伝いもがんばって、どんなにねだっても買ってもらえなかったのに
    私は買ってもらえなくて、他人の子には買ってやるのかと喚きながら泣いた。
    父は苦笑いしながら、
    「お前と同年代だから、喜びそうなソフトを選んでやってくれよ」

    結論を言うと、それは嘘で両親からのサプライズプレゼントのつもりだったが
    当時の私は絶望の淵に立ったんだと思う。
    氏のうと思い、両親と車から降りてそのまま車道に飛び出して車に轢かれた。

    目が覚めたときは1月中盤だったらしい。
    病室で父は泣きながら、嘘だった事等をあやまっていた。

    今の時期になると毎年思い出す。サプライズはロクな結果を生まないなぁ、と。

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