修羅の国
違法経理をチェックする憎まれ役が俺の仕事。ある日生贄として「ラオウ的存在」のK部長がいる修羅の国支店に・・・お決まりの支店接待が始まり、K支店長が?
283 :キチママまとめちゃんねる 2015/07/19(日) 04:09:26 ID:yn8
前の会社で経理部だった時のハナシ。
財務部と監査室のオッサンといっしょに支店を回るという仕事があった。
なぜか、その会社の支店では、定められたシステムとは違う経理処理をするケースが多々あり、
それらをチェックして回る「憎まれ役」。豪華な接待も受けるが、神経の磨り減る業務。
30歳になる直前に「本来は主任以上の業務だが、今回は特別に君が同行しなさい」になった。
理由はわかっていた。その時の行き先である「修羅の国支店」は支店長K部長が最悪だったから。
当時は、売上と利益率さえ達成できれば正義。コンプライアンス、なにそれ?
中でもK部長は元ミドル級キックボクサー、兄である専務の口利きで入社したコネも強力。
根忄生論のイケイケで、逆らう部下を毆る蹴るするんで有名。修羅の国支店の「ラオウ的存在」。
ただでさえ関わりたくない相手に正しいルールを指導するなんて、誰もやりたくない。
つまり、俺は完全な「生け贄」だった。
しかも、今回は財務部からは人が来ず、監査室の中途入社の人との二人旅だった。
財務部と監査室のオッサンといっしょに支店を回るという仕事があった。
なぜか、その会社の支店では、定められたシステムとは違う経理処理をするケースが多々あり、
それらをチェックして回る「憎まれ役」。豪華な接待も受けるが、神経の磨り減る業務。
30歳になる直前に「本来は主任以上の業務だが、今回は特別に君が同行しなさい」になった。
理由はわかっていた。その時の行き先である「修羅の国支店」は支店長K部長が最悪だったから。
当時は、売上と利益率さえ達成できれば正義。コンプライアンス、なにそれ?
中でもK部長は元ミドル級キックボクサー、兄である専務の口利きで入社したコネも強力。
根忄生論のイケイケで、逆らう部下を毆る蹴るするんで有名。修羅の国支店の「ラオウ的存在」。
ただでさえ関わりたくない相手に正しいルールを指導するなんて、誰もやりたくない。
つまり、俺は完全な「生け贄」だった。
しかも、今回は財務部からは人が来ず、監査室の中途入社の人との二人旅だった。
【スカッと】ウトメの嫁いびりとエネ夫にもう限界…妹に電話したらすぐに来てくれた→妹「人の姉になにしてくれたんだばってんたい!」夫「あの…えっと」→口ごもると妹はスリッパを
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313 :キチママまとめちゃんねる 2015/03/15(日) 13:10:53 0.net
携帯から失礼致します。
ようやく決着がついた離婚修羅場話です。
結婚後しばらくして義両親と同居になったのですが、とにかく連日いびられていました。夫に訴えても我慢しろの一点張り。義両親から「今日は家族だけで食事したい」と言われれば、私は台所に追いやられて一人食事、義両親と夫は別室で私の作った食事を食べていました。
私の両親は他界しており帰る実家は無く、頼るべき肉親は地元に1人暮らししている年の離れた妹一人しかいませんでした。心配をかけたくないと思っていましたが、また1人台所に追いやられた時、ついに泣いて妹に電話しました。
妹は「すぐそっち行く」と言い残し、地元の隣県のここまで車を飛ばして駆けつけてくれました。
妹は義両親と夫がいる部屋に突入。夫と義両親に「人の姉に何してるんだ!」と地元(修羅の国)方言で怒鳴りつけました。
ぽかんとしていた夫に詰め寄り、「お前の家族は誰だ!一番大事にしないといけない人は誰だ!」と凄み、夫が口ごもると「早く言え!」とスリッパでバシーンと殴打。
夫が何を言おうとも無言でスリッパではたく妹。止めに入ろうとした義両親も妹のあまりの剣幕と、響き渡る殴打音に怯んでいました。
妹は「姉は連れて帰ります。夫さんは姉を家族だと思ってくれていないようですので」と私の手を引いて脱出。
自分が情けなくて、妹の運転する車の中で何度も謝ると「昔お姉ちゃんが私に同じことしてくれたでしょ」とのこと。
実は他界した実父は母や私、妹に暴力を振るう人で、母は耐え切れず私達姉妹を置いて家を出て行きました。父は当時中学生の妹に怒りの矛先を向けたので、私は父の隙をついて妹を家から連れ出したことがありました。
その後紆余曲折あったのですが、もう10年以上も前のその時のことを妹はずっと覚えてくれていたそうです。妹の住むアパートに着くまで涙が止まりませんでした。本当に妹には感謝しています。
その後も妹にお世話になり、弁護士さんを入れて何とか離婚しました。今は地元でお互いに気ままな1人暮らしができています。
ようやく決着がついた離婚修羅場話です。
結婚後しばらくして義両親と同居になったのですが、とにかく連日いびられていました。夫に訴えても我慢しろの一点張り。義両親から「今日は家族だけで食事したい」と言われれば、私は台所に追いやられて一人食事、義両親と夫は別室で私の作った食事を食べていました。
私の両親は他界しており帰る実家は無く、頼るべき肉親は地元に1人暮らししている年の離れた妹一人しかいませんでした。心配をかけたくないと思っていましたが、また1人台所に追いやられた時、ついに泣いて妹に電話しました。
妹は「すぐそっち行く」と言い残し、地元の隣県のここまで車を飛ばして駆けつけてくれました。
妹は義両親と夫がいる部屋に突入。夫と義両親に「人の姉に何してるんだ!」と地元(修羅の国)方言で怒鳴りつけました。
ぽかんとしていた夫に詰め寄り、「お前の家族は誰だ!一番大事にしないといけない人は誰だ!」と凄み、夫が口ごもると「早く言え!」とスリッパでバシーンと殴打。
夫が何を言おうとも無言でスリッパではたく妹。止めに入ろうとした義両親も妹のあまりの剣幕と、響き渡る殴打音に怯んでいました。
妹は「姉は連れて帰ります。夫さんは姉を家族だと思ってくれていないようですので」と私の手を引いて脱出。
自分が情けなくて、妹の運転する車の中で何度も謝ると「昔お姉ちゃんが私に同じことしてくれたでしょ」とのこと。
実は他界した実父は母や私、妹に暴力を振るう人で、母は耐え切れず私達姉妹を置いて家を出て行きました。父は当時中学生の妹に怒りの矛先を向けたので、私は父の隙をついて妹を家から連れ出したことがありました。
その後紆余曲折あったのですが、もう10年以上も前のその時のことを妹はずっと覚えてくれていたそうです。妹の住むアパートに着くまで涙が止まりませんでした。本当に妹には感謝しています。
その後も妹にお世話になり、弁護士さんを入れて何とか離婚しました。今は地元でお互いに気ままな1人暮らしができています。

