237 :キチママまとめちゃんねる 2017/10/06(金) 14:21:00 ID:jlK
思い出して、急に吐き出したくなった修羅場ですが、失礼します。

保育園、さらには小・中学校のとき、精神面で変な子(以下Aちゃん)のお世話係兼(Aちゃん曰く)親友をやらされてきた結果、杀殳されそうになった話。

Aちゃんは昔から変な子だった。
それこそ保育園くらいのときはワガママ、泣き喚き、少しでも自分の思った通りにことが動かないと癇癪を起こした。
保育園のときは、お遊戯会で踊りを披露するのに「嫌だ」と大絶叫、ステージの袖でワンワン喚いていた。
そして親友ポジションだった私は、Aちゃんを励ましながら一生懸命手を引いて踊っていた。
その当時のビデオを見た時はみんなの歌よりAちゃんのギャン泣きの声の方が大きいほどだった。

そもそも私がAちゃんの親友をやっていたのは、父とA父が子供のときからの親友だったからで、父には「Aちゃんと仲良くしてやってくれな」と言われてきたからだ。
子供の時はその正義感と使命感で一生懸命Aちゃんと仲良くしようとしたし、そんなワガママで癇癪持ちのAちゃんをいじめる、いじめっ子と喧嘩して怪我させたこともある。

とにかく、自分はAちゃんを守る正義のヒーローだと思っていて、Aちゃんもそんな私にいつもついて回っていた。

そんなAちゃんの異常忄生に気づいたのは、小学校高学年だか中学年くらいからだった。
それこそ、善悪の区別がつくようになってからはAちゃんに非があるんじゃないかって思うようになり、私も「私ちゃんだけは友達だよね?」と言われ、即答できなくなるほどにAちゃんの行動に同情ができなくなるようになった。
Aちゃんは何も成長をしない子で、障碍があって勉強ができない子ではないのだけれど、人間忄生が成長せず、いつも授業中も昼休みでも泣き喚いていた。
テストの点が想像より悪い、先生に怒られた、思ったように絵が描けない、みんなが自分と仲良くしてくれない……思いつく限りでも、そんな内容でいつも泣いていた。

口癖は「先生なんて嫌い、みんな嫌い」で、そう捨て台詞を吐いては教室を飛び出していた。
そんなことを小学校6年間繰り返していれば、友達もできるわけなければ、先生も「放っておきなさい」と見放すようになっていった。
そして、自分を誰も心配して追いかけてこない現実が面白くなくて、辺りの教室に響くほど泣いていた。

家に帰ってから食卓で学校の出来事を話すときにAちゃんの話をすると、父は「俺の友達の子なんだから、おかしい子みたいに話すのはやめろ」と言うばかりで、引き続きAちゃんと仲良くするように教養するばかりだった。


(続きます。)