感動話・いい話・ほのぼの

    921 :キチママまとめちゃんねる 2020/11/11(水) 11:33:07 ID:34l6fwU1.net
    スマホと財布を入れていたバッグを紛失してしまった。
    家のパソコンからスマホ、カード等をすぐに止め紛失届を出した。
    連休前の夜でさすがに参ったけど連休が明ければ現金をおろす術があるのでとりあえず三日間を部屋にあった700円で過ごす事にした。
    こんな折半詰まった生活は学生の頃以来だったけど予定も無かったしどうにかなるだろうと思っていた。
    数年前に知り合いに20万貸してそのまま蒸発されそれ以来は金の貸し借りはやめようと決めていたので誰かに借りるつもりはなかったし、情けない話なので誰にも言うつもりもなかった。
    気合を入れた連休初日の昼頃、インターホンが鳴った。
    出てみると目を疑った。
    数年前にお金を貸して蒸発した知り合いが
    「ごめん。昨日と今日、何度も電話したけど繋がらなくて。まだここに住んでるか分からなかったけどよかった…」
    と貸してた20万とは別に迷惑料ということでさらに20万を包んで持ってきた。
    とりあえず部屋に上がらせて色々と話を聞くと連絡つかなくなってた理由もわかり、
    それが本当か嘘かはどうでもよくてその日そうやって持ってきてくれた事だけで長年のモヤモヤもスッキリ晴れた。
    迷惑料分とやらは受け取らなかったけど代わりに食事を奢ってもらった。
    数日後にスマホと財布もちゃんと届けてくれた人がいて無事に戻ってきた。
    この件だけじゃなく色々と嫌な事が続いて少し腐っていたけど世の中捨てたものじゃないなと実感したし何よりこのタイミングが衝撃だった。

    150 :キチママまとめちゃんねる 2014/04/17(木) 17:13:06 ID:???
    夫の部屋を掃除していたら机の下に半分開いた段ボール箱が置いてあった。
    何の気無しに中をのぞいたらブルマ、セーラー服の上着があった。
    これを着てくれってことなの?

    743 :キチママまとめちゃんねる 2016/12/09(金) 08:39:51 .net
    旦那の収入目当てで交際・結婚したこと

    旦那とは元々友達で何とも思ってなかったけど、医学部だから付き合った
    上手くいかなければ別れればいいやと思ってた

    そのまま1年好きでもないのに付き合って、プロポーズされたので卒業と同時に結婚
    上手くいかなくても将来お金稼ぐし我慢しようと思ってた

    けど、思いの外毎日楽しくて子供も生まれて上手くいってる
    旦那親も優しくて、子供見てるから二人で出掛けて来たら?とか言ってくれる

    旦那は昔も今もずーっと奥さん大好き!
    と病院でも公言してるらしく罪悪感
    好きになれたらいいのに

    409 :キチママまとめちゃんねる 2013/06/07(金) 11:30:58 ID:cgEH8PJp0
    今年、就職で自宅を離れた息子に初めてのボーナス(と言っても寸志)が
    出たとかで「予算五万円以内の母さんが喜びそうな物って何?」と
    旦那にメールが来たそうだ。

    一瞬、お掃除ロボットが頭に浮かんだけどw
    10万程のボーナスのうち半分から使わすのは可哀想で、
    つい1万くらいのコードレスアイロンをリクエストしたよ。

    一応、私には内緒のサプライズプレゼントらしいので
    届いたら大袈裟に喜んで見せてやらなきゃ…とか
    旦那と茶化しながら、獲らぬ狸でぶつが届く前なのに
    その瞬間を想像しただけで涙が出てくる親バカ状態です。

    492 :キチママまとめちゃんねる 2006/02/13(月) 05:50:13 ID:Ksv7Zq5b
    俺には母親がいない。
    俺を産んですぐ事故でタヒんでしまったらしい。
    産まれたときから耳が聞こえなかった俺は
    物心ついた時にはもうすでに簡単な手話を使っていた。

    耳が聞こえない事で俺はずいぶん苦労した。
    普通の学校にはいけず、障碍者用の学校で学童期を過ごしたわけだが、
    片親だったこともあってか、近所の子どもに馬廘にされた。
    耳が聞こえないから何を言われたか覚えていない(というか知らない)が
    あの見下すような馬廘にしたような顔は今も忘れられない。

    その時は、自分がなぜこんな目にあうのかわからなかったが、
    やがて障碍者であるということがその理由だとわかると
    俺は塞ぎ込み、思春期の多くを家の中で過ごした。
    自分に何の非もなく、不幸にな目にあうのが悔しくて仕方がなかった。

    だから俺は父親を憎んだ。
    そしてタヒんだ母親すら憎んだ。
    なぜこんな身体に産んだのか。
    なぜ普通の人生を俺にくれなかったのか。

    手話では到底表しきれない想いを、暴カに変えて叫んだ。
    ときおり爆発する俺の気持ちを前に、父は抵抗せず、
    ただただ、涙を流し「すまない」と手話で言い続けていた。

    その時の俺は何もやる気がおきず、荒んだ生活をしていたと思う。

    727 :キチママまとめちゃんねる 2020/03/24(火) 06:16:42 ID:???
    ちょっと今猫にバーカって言われた!
    朝ご飯欲しい猫が枕元に来てニャーニャー言ってたんだけどまだ早いから無視してたの
    そしたら小声で「バーカ」って言ったわアイツ確かに言った!
    12年前ドブから拾い上げてやった恩忘れやがって信じられないんだけど!腹立つ!

    888 :キチママまとめちゃんねる 2014/01/26(日) 10:25:34 ID:d9tLhMM8
    俺の修羅場はアニサキスに感染したときだな
    夜中にありえないレベルの吐き気と腹痛に襲われて
    吐きまくって胃液しかでなくなっても症状はいっこうに治まらない
    物音をききつけた母親が起きて様子をうかがいにきてくれたんだが
    どこがどう痛いのかとか下痢はしているかとかきいてくる母親に何故か仮病を疑われてるような気になって
    「うるせー!腹いてぇっていってんだろ!」とか怒鳴ってしまった
    すると怒鳴り声を聞いた父親がやってきて
    一言
    「怒鳴る元気があるならたいしたことない、そんな馬鹿ほっとけ」
    これをきいてヤベェと思ったがあとのまつり
    居間に胃薬置いておくからと言い残して母親も寝てしまった
    その後、母の用意してくれた薬を飲むもそれも吐いてしまい そのうち震えまできたが
    今更両親に頭を下げて助けを求めるのもカッコ悪いとアホな意地を張って居間で一人ブルブル震えてた
    しばらくそうしてると妹が居間にきた
    妹はおもむろに俺の顔をのぞきこむと
    「お腹痛いの?救急車よぶ?」
    俺→黙って首を横に振る
    「じゃあお母さん達に謝って病院連れてってもらおうね、本当に苦しい時は意地張ったらダメなんだよ?」
    と言ってそのまま両親に話をつけに行ってくれた。
    両親が出かける準備をしている間も妹は携帯で夜間救急を調べ、病院に電話をして今から行くことを伝え
    両親にどこそこの病院に行って裏口から入って窓口のピンポンを押せば受け付けてくれるなど指示を出してくれて
    俺はただそれを聞きながら、あの小さかった妹がいつの間にかこんなに頼もしく成長していたのかと感慨にふけっていた。
    けっきょくその時は処置できる医者がいなくて薬を出してもらうにとどまり
    翌朝病院があいてから再度行って諸々の検査やらアニサキス本体を取り出す作業をしてもらうことになった
    生まれてこのかた病気らしい病気をしたこともなかった俺は少し不安になって
    あの頼もしい妹に付き添いをしてもらったんだが
    俺の中から取り出したアニサキスをこんな大物は珍しいと医者が見せにきたとき
    「すごーい!シャーペンの芯みたいでウケるwww」
    と笑いながらパシャパシャ写メ撮って医者をドン引きさせてる姿を見て
    こいつは大人になったんじゃなく、ただの変人になってしまったんだと心の中がとっても修羅場だった。

    259 :キチママまとめちゃんねる 2016/11/06(日) 00:56:41 ID:???
    ある女忄生に娘が生まれた時の話。
    娘はすこぶる健康だが、口蓋裂だった。軽いやつだけど、他の子と比べればハッキリ解るくらいに唇が割れてしまっている。

    そんな訳で、出産に立ち会った夫と終わってから病室に駆けつけた実両親は、暗い顔して娘を抱くその人を励ましていた。
    今の医療技術ならきれいに治るよとか、他に疾患は無くて健康なんだから有難いことだとか、必タヒに慰められるほど彼女の気持ちは暗くなっていったそうだ。
    ちゃんと生んであげられなくてゴメンね、これからの治療で痛い思いしたら可哀想…と、マイナスな考えばかり堂々巡りしていたところで、夫両親が遅れて登場。
    良ウトメさんだったが故に、どうにも申し訳ない気持ちだった彼女だが、赤ちゃんを見たトメさんはくわっと目を見開いて駆け寄ってきた!!
    「まあー、まあー、まあ!!ピンク色で!!プクプクで!!見てよお父さん、あのお口、パタ○ロちゃんにソッッックリ!!」
    ポカーンとする面々など目に入らないトメさん、早くも赤ちゃんにメロメロで喋りまくる。
    「かわいいわね、女の子ですってね、健康でかわいいなんてお手柄よ嫁子さん!!
    あ、お手柄って男の子に言うんだっけ。どっちでもいいわ、お手柄よー!」
    ここで彼女は、トメさん以外に誰もまだ娘を可愛いと言ってないことに気づいた。
    せっかく生まれてきたのに、自分たちは何をしていたのだろうと猛省、改めて赤ちゃんを見たら不思議なことに、「ハンデを持つ哀れな子」ではなく「丸々とした健やかな赤ちゃん」に見えたそうだ。
    そこからは可愛い、顔が丸くてほんとパタ○ロに似てる、大物になりそう、などと盛り上がり、誰も後ろ向きなことを言わなくなったそうだ。

    以上、つい最近聞いた、私が生まれた時の話です。
    パタ○ロが舞台化するってニュースを見たあと、「主演のひと、ソックリだねw」と母に言ったら「あんたのほうが似てたよ」と、上記の話をしてくれました。
    小さい頃に通院してたのは朧気に覚えていたけど、口蓋裂だったとは知らずびっくり。
    私が覚えてないことに母もびっくり。
    呆れられつつ、そういうわけだから父方お祖母ちゃんには今以上に感謝しなきゃねと、母娘で語らいました。
    年末年始には祖母孝行しようと思います。

    761 :キチママまとめちゃんねる 2016/11/20(日) 14:29:50 ID:i5ZrWkOA.net
    ながーーーいので分けます。
    長文嫌いの方はスルーでお願いします。

    来年、結婚が決まった。
    昨日、母の再婚相手で私が高校生のころから一緒に暮らしてる養父と二人でコタツで飲んだ。

    養父のことは大好き。
    母を大事にしてくれるし、いきなりできた女子高生の私を本当に気遣いながら大事にしてくれた。

    本当の父親は所謂モラハラで、母が泣くまでやり込めるような人で、父親は私が小2の時に女を連れてきて「来月からこいつとここで住むから今月中に出て行け」と言って本当に追い出された。

    母方の祖父は障/害があってあまり実家を頼れず、本当に貧乏で育ちました。
    お風呂も毎日入れない、制服もおさがりのみ、1つの袋麺を母と二人で分けて食べる夕食も普通、靴下も穴を縫って履き潰した。

    高1の時に母が仕事先の社員さんに結婚を前提に付き合ってほしいと言われたので会ってほしいと言われた。その時は母が幸せになれるとかじゃなく、この貧乏から脱出できる!と思った。

    それから養父のマンションに二人で引っ越した。
    一人部屋を与えられて嬉しくて仕方なかった。
    高校2年にして新しい制服、ローファー、初めて携帯も買ってもらった。
    バイトもやめて大学にも行きなさいと言ってくれた。
    特別お金持ちではないんだろうけど大金持ちになった気分だった。

    浮かれた生活が続いたある日、家族みんなで朝寝坊をした。
    バタバタとみんなで準備してて、母が養父の仕事行く用意してる時、養父は母に一つ一つ「ありがとう」と言ってた笑っていた。
    ネクタイを手渡しては「ありがとう」朝ごはんがわりのおにぎり握ってる母を見ては「ありがとう」と。

    その光景を見た時になぜか涙がどばどば出てきた。
    なんて優しい人なんだろう。お母さん幸せそうだな。好きな人に尽くしてるお母さんかわいいな。
    そう思うと涙が止まらなかった。

    養父は突然泣き出した私を見てあたふたして「大丈夫だよ!!急げばまだ間に合うから!一緒に駅まで走ろう!!」と、私が遅刻しそうだから泣いてると感違いしたみたいでしたが、その養父の慌てっぷりがまた嬉しくて涙が出てきました。

    688 :キチママまとめちゃんねる 2020/01/08(水) 12:19:40 ID:D0e
    四捨五入したら五十になる歳になってしまったので懺悔。
    新潟の中でもさらにド田舎の、住所に「大字」と付く実家で二十四歳まで暮らした。
    ベビーブームだったので、ド田舎でもそれなりに同年代の子供たちは周囲にいて、お隣(と言っても徒歩二分)は親のイトコの家。
    その家には二歳上の息子がいて、なんでか私はその子と将来結婚することが決まっていた。
    親は悪人ではないけど「お前はこういう生き方をするものだ」と決め付けてきて疑わない人。
    親の計画では私は「高校卒業後は短大に行って、市の公務員試験を受けて市役所勤務して、二十五歳になったらお隣のヒロちゃんと結婚して子供を三人産む」ことになってた。
    ちなみに弟は「いい大学に行け。その後は好きにすればいい」だった。

    親の言うことさえ聞いていれば叱られないし楽だったこともあって、私はボーっと親の言いなりの子に育った。
    親の言うがままに勉強して、親が言うまま本来の偏差値より低い高校(家から一番近かった)に入学して、ヒロちゃんと付き合った。
    ヒロちゃんを好きだと思ったことはなかった。
    私のことを完全にナメていて、ちょっとでも私が気に入らないことをすると両家の両親に言いつけた。
    私は両家の両親に「なぜヤらせないんだ」というようなことまで叱られた。ボーっとした私もさすがに屈辱だった。
    でも叱られたり叩かれたりするのがいやで、結局言いなりになってしまった。
    親の口癖は「おまえみたいな世間知らずは、ここでしか生きていけない」
    子供の頃からずーーーーーっと言われ続けていたので、完全に洗脳状態で「ここでしか生きていけないんだな、仕方ないな」と思っていた。

    短大卒業後、市職員の試験に合格。市役所の税務課で働いた。
    税務課の「土地・家屋」部門はなぜか男性.が九割で、歓迎会や納涼会などで初めて男性.と一緒にお酒を飲んだ。
    ヒロちゃんといる時はヒロちゃんだけが飲んで、私はお酌をするだけで飲まないものとされていた。
    私は断りきれずに二杯ほど飲み、親に怒られると思いながら帰ったら
    「付き合いだからそういう場では飲むのが当然。断るのは相手の顔をつぶす」と言われ叱られなかった。
    それを機に、私は同僚にお酒に誘われるたび断らずに参加した。居酒屋だけじゃなく、バーやスナックにも連れていってもらった。
    スナックにはきれいな女性.がいて、ほえ~っとなった。
    勿論そういうきれいな人がいるのは知ってたけど、至近距離で見たのと「自分と同じ人間だ」と認識したのが初だった。
    「肌がきれい」とホステスさんに誉められて、まあ他に誉めるとこなかったんだろうけど、人に容姿を誉められたのが初めてで更にほえ~っとなった。
    親は私をかわいいともブスとも言ったことがなかった。
    ヒロちゃんは私をブスだババアだ(二歳下なのに)、我慢してやってるんだと言うだけだった。
    私は親に内緒で毎日一時間だけ、スナックで一杯飲んでから帰るようになった。
    自分がしゃべるよりホステスさんたちの話を聞くのが好きで、「聞き上手だ」と可愛がってもらえ、御代もしばしばホステスさんの奢りにしてもらった。
    ホステスさんの大半が今で言うシングルマザーで、旅館の住み込み仲居の経験がある人が多く、「どこの旅館がいい」「あそこは最低」と聞かされた。

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